2022年10月2日「コンパス・ナビのような信仰」横井マイク牧師

「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」(マルコによる福音書10章45節)

 教会にはかわらない使命があると思います。それは一人一人のクリスチャンの使命でもあります。かつて、ケネディ大統領は次のように演説しました。「祖国があなたのために何をしてくれるのかではなく、あなたが祖国のために何ができるか尋ねようではないか。」 

 これは教会にも当てはめて考えてみることができます。「教会があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが教会のために、イエスさまのために何ができるかを尋ねようではないか。」これが教会を導くナビゲーションのようなものではないかと思います。

 世界は今、自国がどのように栄えていくかということに執着していますが、そうではなく、いかにすればこの国が他国の祝福となることができるだろうか、と考えていく事が、重要なことだと思います。とてもスケールの大きなことですが、クリスチャンとして考えていくべき本質的なことだと思います。

 私たちは仕えられるためではなく、仕えるために存在している。そのメッセージをまずクリスチャンの中から発信していきたいと思うのです。そしてひとりの魂のために、私たちが精一杯福音を語る、これが私たちのクリスチャンとしての人生のコンパスのようなものです。ひとつの命が生まれてくる喜びを知っている私たちは、ひとりの人に永遠の命が与えられることを喜ばずにはいられないのです。「神にはできないことが何一つない」という御言葉の通り、世界に福音を発信していくクリスチャンとして用いられていきたいと思います。