25. 5月 2019 · 2019年5月19日「今はわからないけれど」加山献牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「今はわからないけれど」 加山献 牧師

創世記37章3~5節、18~36節

 

ヨセフの生涯を通して、主は深い摂理をもって人の一生に介入し、御旨を成し遂げてくださる方であることを知ることができます。

父ヤコブは平等に兄弟たちを愛することができず、不平等な、偏った愛を実践してしまいました。わたしたちはここに人間的愛の限界を見ます。

父の偏愛の結果として、憎しみに心を支配されて、心の平安を保てなかったのは、兄たちの問題でした。兄たちの姿を通して、感情をコントロールするのではなく、感情に支配されてしまう人間の弱さがあることを知らされます。

「家族」は人間が生きていく上で、最も強い支えとなり得ます。しかしながら、この現代社会においても、「家族」という絆が破れ、「家族」という存在に傷つき、苦しんでいる人々が多くいることも事実です。ヨセフの生涯は「家族の絆」の回復の物語です。もし回復を願っている関係があるのならば、ヨセフの生涯に大いに学ぶことがあります。

若き日のヨセフは、あまりにも正直で、素直すぎる一面がありました。ヨセフは、“兄たちが自分にひれ伏す”という意味深な夢を見ましたが、彼はこの夢をまったく包み隠さず、兄たちに語り聞かせてしまうのです。5節には「ヨセフは夢を見て、それを兄たちに語ったので、彼らはますます憎むようになった」とあります。しかしこれは、神がヨセフに見させてくださった特別な夢だったのです。

やがてヨセフは奴隷としてエジプトに売られますが、後に、奴隷の身分からエジプトの総理大臣に抜擢されるまでに用いられることになります。このヨセフが、やがて父と兄弟たちを大飢饉から救い出すのです。その間、ヨセフの生涯を支え続けたのは、神に対する信仰であり、神が見せてくださった夢でした。

私たちにも、今はわからない、今はとても理解できない、という現実があるかもしれません。けれども神がわたしたちに見せてくださった夢(ビジョン)があるならば、それを何度でも想い返したいと思います。たとえ現実が厳しくても、すべては神の描いているシナリオのプロセスの中にあることを信じましょう。安心して、今日という日に与えられた課題に立ち向かいましょう。神が私たちの間に植えてくださった種子は必ず実を結びます。「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」(へブル11:1 新改訳) 私たちは主が与えてくださった夢(ビジョン)を望み、信じ続けるものでありたいと思います。

 


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