04. 8月 2019 · 2019年7月28日「人生は不公平だけど」加山献牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「人生は不公平だけど」加山 献 牧師

創世記41章37節~52節

 

ヨセフは17歳で奴隷として売られ(創世記37:2)、30歳になるまで自由の身になりませんでした(創世記41:46)。彼は人生の中でも最も楽しく、喜ばしいとされる時期を、奴隷として、また囚人として過ごしました。ヨセフのここまでの人生は不条理に満ちていたといえます。しかし、彼の人生のから2つのことを学びたいと思います。

 

1.「神は、この苦しみの中でも、ずっとヨセフと共にいてくださった」

創世記の中で、繰り返し語られてきたメッセージです。ヨセフがどんな苦しみを通らされても、神さまはひとときも離れることはありませんでした。むしろ不条理の中にこそ、神は共にいてくださいます。そして最も大切なことは、ヨセフはその事実を知り、またその現実を確信していた、ということです。

人は幸せであるために、多くのことを望むかもしれません。ですが、本当に必要なことはただ一つだけです。主のもとにすわり、主のみ声に聴くことです。「私の恵みは、あなたに十分である」という主の言葉が指し示すとおり、神の恵みの極みである主イエスが一緒にいてくださいます。もうそれで、十分なのです。どのような苦しみの時にも、私たちは、共にいてくださるキリストによって平安を体験するのです。

 

2.「神はいつの日か、私たちを引き上げてくださる」

人生には、不公平だと思える出来事が起こります。ある人は平穏な家庭に生まれ育ち、ある人は家族との問題に苦しむことがあります。健康に生活する人がいると思えば、突然の事故や突然の病に襲われる方もあります。ですが、ヘブル書6章10節には次のようにあります。「神は不公平な方ではありませんから、あなたがたの働きや愛を忘れたりなさいません。」(新改訳2017) 神はあなたの流したすべての涙を知っておられます。神は、あなたの負ったあらゆる苦労を、また他者に対する愛の行いを、決してお忘れになる方ではないのです。

神は、私たちの信仰を鍛えるために、もしくは私たちの目をご自身に向けさせるために、ひとときの間、試練を用いられることがあります。それは神の愛です。しかし神は、私たちを苦しみの中に捨て置かれたままにはなさりません。私たちを悲しみから、その暗闇から、必ず引き上げてくださいます。どんな心の痛みも、いつか必ず、主は拭い去ってくださいます。私たちの将来にはすべての苦労に対しての報いがあるのです。聖書において、この報いは終末的かつ将来的な希望として語られています。しかし、天国まで待たずとも、今、この教会で、この礼拝の中で、ぜひ天国を体験していただきたいと思います。神の圧倒的な臨在に触れることのできる場所が確かにある。早良教会がそのような場所であってほしいと思います。たとえ人生が不公平だったとしても、全てに報いてくださる神の約束があることを忘れずに、日々を歩んでまいりましょう。

 

 


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