04. 8月 2019 · 2019年7月21日「主イエスが再び来られるときまで」今村まさゑ協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「主イエスが再び来られるときまで」 今村まさゑ協力牧師

第一テモテへの手紙6章11節~16節

 

旧約聖書には75回「神の人よ」と出ているようですが、新約聖書では今朝の11節とテモテ第二3:17の「神の人が、神に仕える人は、」の2箇所だけです。パウロにとって如何に若きテモテへの祈りが大であったかが窺えます。同時に、これは現代の私たち一人一人のキリスト者への呼びかけでもあるのです。

避けるべきこととは、偽教師との対峙、そして、金銭欲との戦い(6:3~)です。金銭欲は貪欲で限りがなく、すべての悪の根であると聖書は指摘しています。避けるとは「逃げる、隠れる」ことだとギリシャ語は語ります。私たちが求めるべきことは、正しさ・神に対する畏敬・信仰、愛・忍耐・柔和です。これら避けることと求めることを継続せよパウロは勧めています。

「信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。」イエス・キリストをわが救い主と信じた時に、永遠の命は約束されているのではないか。確かにその通りですが、サタンはその永遠の命を狙って執拗に不信仰へと罠を仕掛けてくるのです。

だから、神のみ言は必ず実現すると信じ続けることが重要なのです。互いに愛し合い、困難を忍耐し、とげとげしくではなく柔和に励むのです。「万物に命をお与えになる神」は、その永遠の命を得るために私たちを召されたのです。バプテスマのときに各自、信仰告白をしたことを「多くの証人の前で立派に信仰を表明した」ではないかと評価してくださいます。

その私たちに、神とキリストとの御前で命じられるのは再臨のキリストのことです。2000年前に来臨された救い主を、神が定められた時に再び現してくださる。14節には次のようにあります。「わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。」

13節に出てくるポンティオ・ピラトとは、ローマから派遣されていた総督です。主イエスが「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く」と語られた時、ピラトが答えた「真理とは何か」という(ヨハネ18:36~37節)問答は興味深いです。ローマ帝国は当時、繁栄を極めていました。しかし、この世の繁栄は一時的でエジプトもアッシリアもバビロンもペルシャもギリシャも滅び去りました。しかし、神の国は永遠に続くのです。

15~16節で、パウロは神を讃えずにはおれなくなったのです。「神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。」テモテは、パウロの6つの手紙の共同執筆者となり、エペソ教会の初代監督を務めました。

 

 

 


Comments closed