24. 7月 2019 · 2019年7月14日「神さまの畑」加山 献 牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「神さまの畑」 加山 献 牧師

第一コリントの信徒への手紙3章5節~9節

 

第一コリント3章9節に次のようにあります。「あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」 教会とは「神の畑」であり「神の建物」である、という二つの比喩的表現がなされています。今回は「神の畑」という比喩を中心に考えていきたいと思います。

この手紙を受け取ったコリントの教会は、信仰に入って間もない人々によって構成されていました。ところが教会が始まって5年も経たないうちに、彼らは多くの問題を抱えるようになっていました。そのひとつに「仲間割れ」という問題がありました。

コリントの教会はパウロによってその礎が据えられ、パウロの後にアポロという働き人がコリントの教会を訪れ、指導しました。パウロもアポロも誠実な働き人でしたが、彼らが去った後に「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロにつく」と言い出す人々が現れ、このことが「仲間割れ」の原因となったのです。そこでパウロは、この手紙の中で次のように語っています。「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」(6節~7節)

一人一人の信仰者は教会という畑に植えられて、成長していくものである、というのです。このことはコリントの教会だけではなく、私たちの教会にも、他の全ての教会にも当てはまることです。

野菜や果実が成長していくならば、最終的には実を結ぶことが期待されます。むしろ実を結ぶことこそが、全ての労苦の目的であると言えます。耕し、種を蒔き、水を注ぐ働き人が備えられ、神が恵みと憐れみによって信仰者を成長させてくださるのは、実を結ぶという最大の目的の故です。

私たちは、この教会にあって、また各々の人生において、どのような実を結ぶことを期待されているのでしょうか。ガラテヤ書5章には私たちが結ぶべき九つの実が紹介されています。「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。」(ガラテヤ5章22節~23節)

様々な信仰の実について述べられていますが、第一に「愛される」ことと「愛する」ことが挙げられています。人間の愛は時に不完全です。しかし、イエス・キリストの十字架は私たちの魂を根底から支える、ただ一つの完全な愛です。ぜひこの愛を受け取り続けていただきたいと思います。教会は、この十字架の愛が撒かれ、実を結ぶ、神さまの畑なのです。この畑で共に神の愛を受け取りながら、30周年を目指していきましょう。

 


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