17. 7月 2019 · 2019年7月7日「感情を支配する」加山献牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「感情を支配する」加山 献 牧師

マタイによる福音書5章21節~26節

 

私たちは楽しい時、嬉しい時に、笑って喜びを表現することができます。感情は紛れもなく、神様が人間に与えてくださった良い贈り物です。ところが私たちは、時として感情を上手にコントロールできず、感情に心を支配され、その結果として望ましくない結果を刈り取ってしまうことがあります。「怒り」は私たちにとって最も律しがたい、手ごわい感情のひとつです。

「殺すなかれ」、これは十戒の教えの一つです。しかし主は「殺すなかれ」という戒めを、「兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける」と全く新しく語り直されました。「殺すなかれ」という戒めを行いだけの問題ではなく、私たちの心の問題とされたのです。主イエスは、私たちに対して「感情を支配する」こと求めておられる、と言えるでしょう。

 

1.怒りを手放す(21節~22節)

「腹を立てる」という言葉は、詳しくは「腹を立て続ける」という継続の意味があります。イエス様は一時的な怒りよりも、「ゆるさない怒り」を戒められています。一時的に怒ってしまうことは仕方がないかもしれません。「怒る」ということ自体が罪なのではありません。しかし、どのような理由であっても、私たちは怒り続けたままではいけません。

2.赦し、赦されること(23節~24節)

怒りを手放すために、イエス様は「赦す」ことの大切さついて教えておられます。同じように、「赦される」ことも大切です。あなたが神を礼拝する前に、誰かが私に対して反感を持っている、怒っている、そして自分がどうやら加害者である、と気づいた時は、へりくだって、率先して赦しを求めるようにしなさい、とイエス様は言われました。それが神様の求めている礼拝者の姿です。

3.謝罪

自分に対して反感を持っている人に赦していただくためには、へりくだって「謝る」ことが必要です。「私が間違っていました」と心から認めることはとても苦しいことかもしれません。しかし、自分の過ちを認めるということは、私たちの心に驚くべき解放を与えます。

4.和解(25節~26節)

25節からは自分を責め立てる敵との和解がテーマです。「さもないと・・・あなたは牢に投げ込まれるにちがいない」という主の言葉が指し示す通り、このメッセージを聞いている私たち一人一人が有罪確実なものであることを、主は前提とされています。自らの罪を謙虚に認めて赦しを請う、ということは、私たちのプライドと感情が邪魔をしてなかなかできないことです。しかし主は、私たち一人一人に、感情に支配されるのではなく、感情を支配して生きていくことを勧めてくださっています。

 

 

 

 


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