2019年4月21日「すべての人が生かされる」加山献牧師

「すべての人が生かされる」 加山 献 牧師

第一コリントの信徒への手紙15章12~22節

 

第一コリント書の15章において、パウロは「福音とは何か」という大切なテーマについて語っています。15章3節には、福音の「最も大切なこと」として、次の3つの要素が挙げられています。第一に「キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと」、第二に「葬られたこと」、第三に「聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと」です。この3つのことがキリスト教信仰の根幹です。

ところがコリント教会の中には、復活を信じることができない人々がいました。教会に反対する人々ではありません。キリストを信じ、礼拝に集っている共同体の一部に、そのような人々がいたのです。彼らは、キリストの復活だけではなく、死後、「自分がもう一度生きるものとされる」ということも信じられませんでした。

パウロはキリストの復活を神話や伝説ではなく、歴史上の事実として語っています。「キリストは本当に死人のうちからよみがえられた」これがパウロにとっての事実でした。キリストの復活こそが、パウロの、また教会の宣教の出発点でした。彼にとって、十字架だけを語り、復活を語らないならば、それは福音とはならないのです。

19節でパウロは続けます。「この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。」 「復活の希望」は人類が抱きうるあらゆる希望の中で、最も強い光を放っています。神がキリストを通して人間に与えた最も大きく、最も美しい贈り物はこの「復活の希望」だといっても良いでしょう。

21節と22節には、アダムとキリストの対比があります。「死が一人の人によって来たのだから、死者の復活も一人の人によって来るのです。つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。」

アダムは神から離れ行く人間を代表し、キリストは神に完全に従順する人間を表しています。エデンの園で、人は神に背を向けて離れていきました。聖書はこの神から離された状態を究極的な「死」の状態だと呼んでいます。神は罪を犯した人に向かって「アダム、お前はどこにいるのか」「どこにいるのか」と問いかけられたのです。アダムの精神的立ち位置を問われていたのです。なぜ、あなたは私から離れていくのか、と問いかけられたのです。

しかし、ゲッセマネの園で、神は人との交わりを取り戻す道を開かれました。神の子の命と引き換えに、ご自身の命と引き換えに、すべての人を取り戻されたのです。キリストは十字架の死の後、復活されました。主のいのちに私たちひとりひとりも結び付けられています。今日、そのことをはっきりと確信したいと思います。

 

 

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