12. 4月 2019 · 2019年3月31日「わたしはあなたがたのために祈ります」K.J.シャフナー協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「わたしはあなたがたのために祈ります」K.J.シャフナー協力牧師

フィリピの信徒への手紙1章3~11節

 

パウロは、牢獄の中からフィリピ教会へ手紙を書きました。彼は感謝でその手紙を書きはじめたのです。その冒頭で、パウロは10年前のフィリピでの出来事を思い起こし、感謝しています。使徒言行録16章11~40節を見ると、フィリピでの最初の経験は決して良いものばかりではありませんでした-嫌がらせ、逮捕、鞭打ち、監禁。それにもかかわらず、パウロはそれらの出来事を神に感謝していたのです。最初の時から10年間、「福音への参加」という大切な交わりの中で彼らと一緒に過ごしてきました。神様は、はじめられた善い業を成し遂げてくださるという朽ちることのない希望を抱き、パウロは神に感謝しています。

その感謝は大きな確信に満ちています。パウロは、フィリピ教会は自分によって建てられたものではなく、神がはじめられ、神によって完成させられる、と断言しました。そして、彼らに対する愛を示し、彼らのための祈りの言葉を記しました。その祈りは、彼らが幸福、健康を手にすることを願ったのではなく、問題や悩みが消えるように願ったのでもありませんでした。彼の最初の祈りは「愛がますます豊かになるように」-神に対する愛、隣人に対する愛が溢れ出るように-との祈りでした。その愛は感情ではなく、意志に基づいている愛、行動で表された愛です。周りに自分の苦手な人がいるならば、その人との関わりの中で、愛し方を学ぶ機会となるように、神様は時を用いてくださいます。

次に、彼らに「知る力」が身に着くための祈りです。これも愛と関連があります。好きなものがあるならば、あらゆる面でその物事を知ろうとします。その知る力に加えて、何が重要であるかを「見抜く力」が備えられるように祈りました。今の世の中は、値札が正しい場所に置かれていないお店のショーウィンドウのような状態になっていると感じます-無価値なアイテムは高い値段を持ち、最も価値のあるアイテムは安い値段を持つ-。パウロの祈りは今の時代にもあてはまります。何が重要であるかを「見抜く力」が必要です。

次にパウロはフィリピの人たちが「清い者」、「とがめられるところのない者」となるように祈りました。前者の言葉は、陶器の品質テストのために使わされた言葉です。市場で売られていた陶器は、ロウで隠されたひび割れがないか調べるために、器を持ち上げ太陽の光に透かすことがありました。隠されたひび割れがないのなら「清い者」です。それに対して後者は、動物を罠にはめて捕まえる様子を表す言葉です。罠にはまるようなスキがなければ、「とがめられるところのない者」です。これは、フィリピの人々が見せかけだけを良くするものにはならないように、との祈りでした。

最後に彼らがイエス・キリストによって与えられる「義の実」をあふれるほどに受けるように、との祈りがあります。果物の実がなるまでに時間がかかるように、パウロは、主イエスの働きが彼らの中に少しづつ「義」を育て、「神の栄光と誉れとをたたえることができるように」祈りました。

わたしも、パウロと同じ想いで、この手紙を皆さんに送ります。たとえわたしが福岡から離れても、早良教会の皆さんのために祈り続けます。 K. J. シャフナー

※早良キリスト教会の創立伝道者であったシャフナー先生は、35年におよぶ日本での働きを終えられ、2019年4月4日に米国に帰国されました。

 


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