21. 12月 2018 · 2018年11月11日「愛を中心において」宮田祐亮牧師(野方キリスト教会) はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「愛を中心において」 宮田祐亮牧師(野方キリスト教会)

ヨハネの手紙第一4章7節~21節

 

使徒ヨハネはこの手紙の中で教会の人々に呼びかけました。「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。」(7節)多くの人々にとって、「愛」という言葉は何だか漠然としていて、抽象的にとらえられているかもしれません。しかし、そうではありません。「愛」とは、わたしたちのこの人生でしっかりと体験できるものなのです。わたしたちは愛し、愛され、「愛」を体験するために生まれてきたのです。

4章19節には、わたしたちが「何故」愛するのか。「愛する理由」が記されています。「わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。」(19節)神がまずわたしたちを愛してくださった、というのです。神はどのようにわたしたちを愛してくださったのでしょうか。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」のです。(ヨハネ福音書3章16節)そして、神の独り子イエスは十字架の死に至るまで忠実であられました。それほどまでに、イエス様はわたしたちを愛してくださいました。

ところが4章17節には「この世でわたしたちも、イエスのようである」とあります。どのようにしてわたしたちもイエス様のようである、というのでしょうか。イエス様の歩みは、父なる神様に愛されながら、弟子たちを愛していく歩みでした。同じように、わたしたちひとりひとりも、父なる神様に愛されながら、教会で、家庭で、職場の中で、周りの人々を愛していく歩みが求められているのです。

さて、愛するといっても具体的にどのように愛を示せばよいのでしょうか。第一に、相手と共に時間を過ごすことです。「喜ぶものと共に喜び、泣くものと共に泣く」ことです。第二に、相手のために祈ることです。一緒に時を過ごせば過ごすほど、相手の苦しみや人生の課題も見えてきます。相手の悩みや痛みを知ることによって、わたしたちはより具体的に隣人のために祈ることができます。「愛には恐れがない。完全な愛は恐れを締め出します。」(18節)わたしたちはこの愛を中心において生きていくのです。

(教会組織13周年記念礼拝 11月11日)


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