31. 10月 2018 · 2018年10月14日「患いを負い病を担ってくださる主」今村まさゑ協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「患いを負い病を担ってくださる」今村まさゑ協力牧師

マタイによる福音書8章14~17節

現代人は多忙な生活をしていると思いますが、イエスさまの一日はそれに勝る働きであったと今朝の箇所からわかります。朝、大勢の群衆を見て、山に登られ、「山上の説教」(5章から7章)を終え、山を下りられたが、ライ病を 患っている人の願いに応えて癒され、さらに百人隊長の中風の僕を癒し、ようやくペトロの家に帰られたが、ペトロのしゅうとめが、高い熱で寝込んでいたのをご覧になり癒された。元気になったしゅうとめは起き上がってイエスをも てなした。ここまでが一日の終わりでありますが、「夕方になると、人々は悪霊に取りつかれた者を大勢連れて来た。イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。」「それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現 するためであった。『彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った。』(17節)」この「負い」とは、「背負って持って行ってしまう」「取り 除いてしまう」の意味です。 今朝はこのマタイの叫びにも似た17節に注目したいと思います。数百年前から預言されてきた謎のような『彼』、詳しくはイザヤ書53章(第二イザヤ) の『彼』こそが、一日中、行動を共にし、山上で語られた言葉の数々、行われ た数々の御業・・ああイエスこそが、預言され続けてきた彼だったとマタイは気付いたのです。

私の妹のけい子は5年前に召されましたが、戦時中、医者も薬も氷も手に入らぬ時にはしかになり、高熱のため脳を侵され、知恵遅れとしての学童期を過ごしました。中学を終えると、すぐに職業訓練のため、ある病院に預けられました。ある日、両親は呼び出され、父親の分からぬ子供を身ごもると大変だからと院長に説得され、不承不承、盲腸の手術として承知してしまいました。本人は何一つ分からぬまま不妊手術をされてしまいました。当時、優生保護法(戦後3年、1948年)が制定され(その第一条、法律の目的は)「不良な子孫の出生を防止する」でした。知恵遅れや精神障害者が対象とされ、全国で強制的に実施されました。確かに知的な遅れはありましたが、その精神、心情、情緒は純真無垢、いつも穏やかに過ごしておりました。両親亡き後、30年近く共に住みましたが、その間にクリスチャンとして、いつも喜び感謝の日々 でした。私もマタイのように大声で証します。「あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」(イ ザヤ46:3)


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