12. 10月 2018 · 2018年9月9日「救いの衣・恵みの晴れ着」今村幸文協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『救いの衣・恵みの晴れ着』 今村幸文牧師

イザヤ書61章10節

 

レンブラントは「光の画家」と言われています。光と闇の対比がどの絵にもよく描かれています。そしてその光の射している部分が、その絵の中心であり、テーマです。レンブラントの作品に「放蕩息子の帰宅」という題の絵があります。新約聖書の中にある主イエスのたとえ話に出てくる父と子の姿を描いたものです。父親の前で膝まずいている息子の背中を両手でしっかり抱いている父親に光が射しています。この父と子の物語は、家出、流浪、帰宅という三つの内容から成っています。

第一は家出です。青年となった弟息子は、財産の分け前を願い出て父親の許しを得、父親の目の届かないところに自由を求めて家出をします。

第二は流浪です。彼は父から受けた財産を浪費して行くという仕方で生きて行くのです。放蕩三昧の暮らしの末、金の切れ目が縁の切れ目となり、大勢だった友達も皆彼を見捨て、挙句の果てに飢饉が彼を襲い、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどでした。

第三は帰宅です。彼は人生のどん底で自分の人生を呪い、友人や環境を呪い、自分の意志の弱さを嘆きました。そして人生の闇の中で狂いはどこから来たかを考え、自分が父親の元を離れたこと自体に思い至りました。

聖書にはこうあります。「彼は我に返って言った。父の元へ帰って言おう。私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。雇人のひとりにしてください。」 人生を暗黒にするものは、私たちの罪です。人間の創造者であり、天の父である神の元を離れること、それが罪です。その罪からの救いのために神はひとり子イエス・キリストをこの世界、歴史の中に遣わし、その十字架と復活によって神を神とし、人を人とする命の道を開いてくださいました。 放蕩息子は父親の元へ帰って行きました。彼が父親を見つける前に父親は彼を見つけ走り寄り首を抱き接吻したのです。そしてかれが罪を告白するのを聞きながら、言いました。「急いで一番良い服を持って来てこの子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。」と。

イザヤ書61章10節にこうあります。「主は救いの衣をわたしに着せ、恵みの晴れ着をまとわせてくださる。」 救いの衣・恵みの晴れ着について新約聖書は、イエス・キリストこそ私たちの救いの衣・恵みの晴れ着であると明言します。「あなたがたは、イエス・キリストを着なさい。」(ローマ13章14節)


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