10. 9月 2018 · 2018年9月2日「優しい心を育てよう」加山献 牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『優しい心を育てよう』 加山献 牧師

マタイによる福音書5章5節

「柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ」とイエス様は言われました。ここで使われている「柔和」という言葉は二つの関係について語っています。第一に神様と私の関係についてであり、第二に私と隣人との関係についてです。

私たちが神様に対して「柔和である」ということは、神様に対して謙虚であり、へりくだっているということです。神様の前に、罪人である自分を認めて、自分の弱さを受け入れることが信仰の重要なステップです。同じように、人に対して「柔和である」ことも大切です。宗教改革者のカルヴァンは「柔和な人たちとは、侮辱されても容易に怒ることなく、・・・穏やかで、優しい人を意味している」と語りました。

マタイ福音書の中で、この「柔和」(ギリシア語でプラウス)という言葉は、もう二カ所で使われています。ひとつはエルサレム入場の場面です。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って。』」(21章5節)イエス様は力をふるう王としてではなく、謙虚に仕える者として、優しい王様としてこの地に来てくださった、ということです。

もう一カ所は「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(11章28~30節)別の訳の聖書では「わたしは心優しく、へりくだっているから」と訳しています。私たちはイエス様から優しさを学ぶことができる、というのです。そのような人々は「地を受け継ぐ」とあるように、イエス様に学ぼうとする時に耕すべき「場」が与えられます。私たちひとりひとりに与えられている嗣業の地を、イエス様と一緒に耕していきましょう。


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