10. 9月 2018 · 2018年8月19日「あなたの声は聞かれている」加山献 牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『あなたの声は聞かれている』 加山 献 牧師

創世記21章9~21節

 

高齢で子どもがいなかったアブラハムに対して「あなたの子孫は夜空の星のように多くなる」という神様の約束がありました。しかしそれから10年ほど経っても、サラには子どもが生まれませんでした。そこでサラは、自分の召使いであったハガルという女性をアブラハムの側女とすることを提案しました。アブラハムもその提案を受け入れました。旧約聖書の時代、正妻の不妊で後継ぎが生まれない場合は、側女をめとって後継ぎをもうける、ということが珍しくなかったのです。そうして、アブラハムとハガルの間にイシュマエルという男の子が生まれました。

しかし、再び神様がアブラハムに現れて「あなたとサラの間に生まれる子どもが約束の子である」と言われました。その後、神様の約束どおり、アブラハムとサラの間にイサクが生まれてきたわけです。このイサクの子孫がやがてひとつの国民になり、その国民の中から全人類の救い主が生まれてくる。これが神様の壮大な計画だったのです。そのように考えると、ハガルとイシュマエルは神様のプランの外側にいるように感じます。

ところが、この一連の聖書の記述の中でとても興味深いことがあります。このイシュマエルという男の子が生まれてきたことに関して、神様は一言もアブラハムとサラを咎めませんでした。むしろ、神様はこのイシュマエルに対しても何度も祝福の言葉を語られているのです。イシュマエルの人生からわかることは、神様にとって望まれないで生まれてきた子どもは一人もいない、ということです。たとえ人がどのように判断しようとも、全ての命は神様によって望まれて生まれてきたのです。

ベエル・シェバの荒れ野をさまよっている時、イシュマエルは泣きながら思ったことでしょう。「こんなことになるなら、生まれてこなければよかった。」でも神様は母ハガルに言われました。「わたしは、必ずあの子を大きな国民とする。」わたしたちも人生の荒れ野を通る時、行き先もわからずさまよう時があります。しかし恐れることはありません。荒れ野こそが神様と出会える場所なのです。神様は荒れ野に佇む私たちの泣き声を聞いて、答えてくださる方なのです。


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