10. 9月 2018 · 2018年8月12日「平和をつくり出す人たち」 今村まさゑ 協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『平和をつくり出す人々』 今村まさゑ 協力牧師

マタイによる福音書5章9節

 

今朝は平和礼拝です。戦後73年を経て、ますます平和が脅かされつつある日本ですが、イエス様が語られた山上の説教(5~7章)の最初の8つの幸いの1つ「平和を実現する人々は幸いである。天の国はその人たちのものである。」に集中したいと思います。因みに重要な場面が山でなされたことを思い出します。山上の変貌(17:1~)、最後の説教(24:3~)、弟子たちを全世界へと派遣されたのもガリラヤ山でした(28:6~)。モーセもシナイ山で十戒を授かりました(出19~)。主ご自身はしばしば山に登って祈られました。

平和とは、①人々の間に争いがない。②魂の平和な状態。③神と人との間の平和、和解がなされていること。④人間が終わりの日に神の祝福に与ること、その終末的な約束としての平和。以上の4つを永遠的絶対的平和と一時的相対的平和に分けて言うことができます。永遠的絶対的平和は、イエス・キリストが来て下さったことによって既に地上に実現されました。

ローマ4章25節に「イエスはわたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。」主の十字架は人間の罪を明らかにし、御言に従えない罪人のわたしたちに代わって、その裁きを受け、神の赦しを与えて下さった救いの出来事です。キリストの復活は神との正しい関係、和解、平和が確立される根拠です。「このように私たちは信仰によって義とされたのだから、私たちの主イエス・キリストによって神に対して平和を得ており、このキリストのお陰で今立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。」(ロマ5:1~2)

キリストの十字架の血による平和の第一は、自分の中にいる自分との和解です。自分の中に自分を責める自分がいて、それが劣等感の根、自己嫌悪の元となりますがそこからの解放です。第二に、他の人々との和解です。互いに愛し合いそうし続けることができる。第三に、争う人々の和解者になることです。

私たちと世界の現実は一時的相対的平和であって、戦争の危機に直面しています。平和なき世界が平和になるために、平和の福音を宣べ伝えつつ祈り、努力し、キリストの平和を証しする者となりましょう。


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