10. 8月 2018 · 2018年7月22日「湧き出る永遠の命に至る水」今村まさゑ協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『湧き出る永遠の命に至る水』 今村まさゑ協力牧師

ヨハネによる福音書4章13~14節

最近のニュースの言葉に「命の危険に関わる高温です。こまめに水分補給を!」と熱中症予防を呼び掛けています。まさに日本列島が渇き切っている状態です。今朝のヨハネ4章のイエス様も旅に疲れられ、井戸のそばに座しておられる所にサマリヤの女が水を汲みに来ました。通常は暑い昼間に水汲みはしないものでした。主イエスは「水を一杯くれないか」と言われると、女は、長年同じ民族でありながら絶縁状態にあるユダヤ人男性が頼むのを訝るのでした。神の賜物を知らず、語りかけた方が誰であるか知らず、会話を重ねるうちに、女は心を惹かれていきます。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」(参照ヨハネ7:37)バプテストの修養会場の天城山荘の入り口にも、この聖句が書かれています。井戸水やペットボトルの水は、飲んでもまた渇きますが、主イエスが与えて下さる水は飲むわたしたちの内に泉が生じ、永遠の命に至る水がわき出る、と言われます。女は「主よ、渇くことがなく、水汲みに来なくてもいいように、その水をください。魔法のようなそんな便利な水があるなら、その水をください」。人の目を忍んで昼、日中にここに来なくてもよいようにと女は願いました。

彼女の機先を制するように主イエスは救いに至る道を示されました。その水を欲しいなら、自分の罪を隠したままでは得られず、イエス様との出会いは起こらないのです。16節以降、イエス様が罪の指摘をされることによって会話が噛み合っていきます。「婦人よ、わたしを信じなさい。」イエス様は、この招きの言葉を語るために。4節にあるように、・・・しかし、サマリヤを通らねばならなかったのです。

続けて語られます。「しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。」25節で女から待望の信仰の祈りが表されました。「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています」。遂に主イエスご自身の顕現・臨在が語られました。「それは、あなたと話しているこのわたしである。」「わたしがそれだ。」私たちひとりひとりも彼女のように生ける主キリストとの出会いが備えられています。       (7月22日)


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