30. 5月 2018 · 2018年5月20日 「聖霊の賜物」 今村まさゑ 協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『聖霊の賜物』 ルカによる福音書8章43~48節

今村まさゑ 協力牧師

今朝はペンテコステ(聖霊降臨)礼拝です。ペンテコステとはギリシャ語で「第50」の意で、キリストが十字架で殺され3日後に復活された日より7週間を経た翌日、今年は4月1日がイースターでしたから5月20日の今朝がその記念日なのです。「一同が一つになって祈っていると、突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。・・」(使徒言行録2:1~)

つまり神の霊が信ずる者の上に降り、キリストの教会が誕生していった記念の日です。礼拝の後、幸いなことにダウン症の光君の信仰告白・バプテスマ式が行われます。まさに聖霊の働きを目で見ることでしょう。なぜなら「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです。」(第一コリント12:3)

今朝の聖書箇所ですが「ときに、12年このかた出血が止まらず、医者に全財産を使い果たしたが、だれからも治してもらえない女がいた。」当時の律法では、出血が続くのは汚れを意味し、共同生活からも礼拝生活からも断たれ、それが12年間の長きに及び、経済的にも絶望の只中に居りました。が、彼女は遂に行動を起こしキリストに近寄ったのです。女は、群衆に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れると、直ちに出血が止まった。女はすぐさま身を隠そうと思ったでありましょうが、「わたしに触れたのはだれか」と言われた。周辺の人々は皆、自分ではないと答えますが、イエスは「だれかがわたしに触れた。わたしから力が出て行ったのを感じたのだ。」服に触れたからではなく、絶対的なキリストの力が病を治したのです。女は震えながらひれ伏し、触れた理由とたちまちいやされた次第を皆の前で話したのです。ここで女は、初めて人格的にキリストに向き合えました。

人格という語元は「顔」です。顔と顔を合わせることが人格的交わりです。イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と。イエスが女を探し出したのは、咎めるためではなく、真に立ち上がらせ交わるため、病が治ったということが公にされ宣言される必要があったためでした。幼稚で迷信的な女の行動を「あなたの信仰」と言って正し導き励まして下さる。何という恵みでしょうか。復活されたキリストは今も生きておられ、聖霊として今も働いておられます。「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら」(ヘブライ12:2)今週も安心して遣わされていきましょう。 (5月20日)


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