26. 3月 2018 · 2018年3月4日「わたしたちを誘惑に遭わせず」今村幸文牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

『わたしたちを誘惑に遭わせず』

マタイ6章13節 ヤコブ1章12~15節             今村幸文牧師

今週のみ言葉は「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。」となっています。わたしたちのいつもの祈りは「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」です。口語訳聖書では「私たちを試みに会わせないで悪しき者からお救い下さい」です。二つの違いがあります。第一は誘惑と試み(試練)であり、第二は悪い者と悪です。

先ず、第一の誘惑と試練ということですが、原文のギリシャ語では両方の意味に訳される「ペイラスモス」という言葉です。ヤコブの手紙1章2節にも「わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。また1章12節にも試練を耐え忍ぶ人は幸いです」とあります。とすると「我らを試みに遭わせず」と祈ることは、ヤコブの手紙のみ言葉と矛盾します。従って新共同訳の「わたしたちを誘惑に遭わせず」との訳が良いということになります。

誘惑とも試練とも訳される「ペイラスモス」はわたしたちが何によって生きているかを明らかにする意味で、わたしたちの正体を明らかにするものです。試練と誘惑ははっきり分けて考えられません。始めからこれは有益な試練だ、これは罪の誘惑だと二種類のものがあって、わたしたちに向かって来るのではありません。

この世でわたしたちが経験するすべてのことが、わたしたち自身の受け止め方によって試練となったり、誘惑となったりするのです。同じことが、もしわたしたちが、信仰によってそれに立ち向かうならば試練となり、信仰によらず、自分の無自覚な欲望によってそれに顔を向けるならば、それは誘惑となるのです。

第二の違いである悪と悪しき者サタンについて考えておきましょう。

悪いことから救い出されたいとの願いは、結局は悪魔の支配から救い出されたいということです。

主イエスは十字架につけられる前夜に弟子たちのために祈り、その祈りの中でこう言われました。ヨハネ17章15節です。「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守って下さることです。」

み言葉によって悪しき者サタンの誘惑に打ち勝たれたイエス・キリストの名によってわたしたちは、サタンと戦い、勝利することができるのです。                     2018年3月4日


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