03. 2月 2018 · 2018年1月28日「教会はなぜ歌うのか」加山献神学生 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

先週の宣教要旨 

「教会はなぜ歌うのか」

詩編148編1節〜12節        加山献 神学生

 

第一に、神さまに栄光をお返しするためにわたしたちは歌います。神さまに栄光をお返し

するとは、神さまを第一としていく生き方を選び取ることです。

私たちはどのようなものに価値をおいて生きているでしょうか。神様は私たちひとりひとりを

価値あるものとして見ておられます。私たちが神様をほめ歌うだけではなく、なんと神様が高

らかに歌って、私たちを喜んでくださるという聖書の言葉もあります(ゼファニア3章17節)。

神と人が本来あるべき交わりの中に置かれることこそが礼拝の本質であり、賛美の本質です。

第二に、私たちの心にある「喜び」を表すために、賛美を歌います。私たちには、イエス・

キリストによってあらゆる喜びが与えられました。十字架の故に、私たちはもう既に赦された

存在であることを知ることができます。

十字架の故に、わたしたちは今日も受け入れられていることを実感できます。

十字架は、私たちがどんなに状態であっても、将来と希望を語ります。私たちは、時に感情的な

喜びを失ってしまうことがあります。しかし、イエス様が与えてくださった喜びは、私たちの感情

よりも、もっと心の深い場所にある、決してなくならない喜びです。

この喜びと感謝が、私たちの賛美へと向かわせる二番目の理由です。

第三に、私たちに訪れる「悲しみ」や「困難」に立ち向かうために、私たちは賛美を歌います。

ダビデは辛い時にこそ賛美しました。

イエスさまも十字架にかけられる前の夜、晩餐の後に弟子たちと賛美の歌を歌ってからオリーブ山

に出かけられました。十字架に向かわれる道行きの最初に賛美を歌って出かけて行かれたのです

(マルコ14章26節)。

パウロとシラスは無実の罪で牢獄に囚われた時に賛美をしました(使徒言行録16章25〜26節)。

それも、最も闇の深い、真夜中に歌ったとあります。この賛美の中で、大地が揺れ動き獄の戸が開いた

のです。

神さまは、賛美の中で私たちに触れてくださり、慰め、励まし、新しい力を与えてくださるのです。


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