28. 12月 2017 · 2017年12月24日「自分の民を罪から救う主イエス・キリスト」今村幸文牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

自分の民を罪から救う主イエス・キリスト

マタイ福音書1章18~25

今日の聖書箇所の前は、イエス・キリストの系図です。アブラハムの子ダビデの子イエス・キリストの系図と一節にあります。アブラハムは妻サラを妹と偽って自分を守ろうとした罪の男です。ダビデは家臣ウリアの妻バテシバを側室にしてしまった男です。歴代の王たちも「主なる神の目に悪とされることを行った」とあります。この系図は罪人の系図であり、人間が主なる神の前で犯し続けて来た歴史の記録でもあります。神がこの罪人の歴史のキリストを送り込んでくださったのです。

イエス様の母マリアはヨセフと婚約していました。ユダヤ教の慣習では、婚約は法的には結婚と同等と見做されました。まだ結婚していなかった時、聖霊によって身重になったのです。ヨセフはマリアが他の人の子どもを身籠ったのだとしか考えられません。それは姦淫の罪で厳しい審判になることを恐れました。「夫ヨセフは正しい人であったのでマリアのことを表沙汰にすることを望まず、秘かに離縁しようと決心した」

律法の正しさとマリアへの愛の間で、幾夜眠られぬ夜を過ごしたことでしょう。ヨセフがこれらのことを考えて悶々としていた時、主の天使が夢に現れて言いました、「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎えなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を生む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」。

この出来事は預言の成就だとマタイ福音書はイザヤ書7章14節を記しています。「見よ、おとめが身ごもって男の子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる」。インマヌエルとは、「神は我々と共におられる」という意味です。神様が人間を罪から救うためにイエス様によって私たち人間と共にいてくださる

ことを、この預言は遥か昔に既に語り告げていたのです。イエス様は私たち人間のところに来られ、私たちと共におられ、私たちの罪をご自身の身に負うて、私たちを赦してくださったのです。罪ある人間を神は、イエス・キリストの十字架において赦し、愛し、永遠に人間と共にあることを決意されたのです。

このことが私たちの福音です。「ああベツレヘムの清き御子よ、今しもわれらに降りたまえ、心をきよめ宮となして今よりときわに住まいたまえ。」 新生讃美歌173


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