28. 12月 2017 · 2017年12月10日「言・命・光としてのイエス・キリスト」綾塚弘明牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

             「言・命・光としてのイエス・キリスト」

ヨハネ福音書1章1~5節

 「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

今日の聖書個所には、三つのキイ・ワードが記されています。言・命・光です。

先ずイエス・キリストは、言です。言は何かを言い表したり、伝えるために使います。創世記1章に「神は言われた」「そのようになった」と何回も記されています。神様は言を成し遂げる力を持っておられます。私たち人間も神様に似せて創られました。私たちの言葉にも力があります。病気の人に大丈夫、一緒にいるよ、と言えば元気になります。神の言は完全で、全てを成し遂げる力があります。

第二に、「言の内に命があった」とあります。イエス・キリストは命です。「わたしは復活であり、命である」とあります。命を与える言、創り主であるわたしとの関係を生きてごらん。イエス・キリストに出会うことによって、命を100%味わうことが出来ます。この宇宙、そして私たちを創られた方を知ってください。どうやって生きていけるか、分かってきます。

 イエス・キリストをもっと知り、言われたことをやって見る、イエス・キリストは、もっとできるように待ってくれています。

 第三に、イエス・キリストは光です。光はものを見えるようにしてくれます。

 光がなかったら生きて行くことすらできません。イエス・キリストはわたしたちのありのままを照らし出すことができます、キリストはまことの光で、世に来てすべての人を照らすのです。そしてあなたはかけがえのない存在だ、ということを教えます。勝手な生き方を選んで、創り主から離れてしまった者のために十字架にかかって罪を赦し、造り変えてくださるのです。水道管と蛇口は切り離すことができません。イエス・キリストにつながって命の水をいつも新鮮に受けることが出来ます。イエス・キリストを信じていくとみことばが与えられ、命にあふれ、生きる道が平安の内に照らされていくのです。「あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。主よ、御言葉のとおり、命を得させてください」。  


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