2021年6月6日「あなたの罪は赦される」加山献牧師

「人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来た。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される』と言われた。」(マタイによる福音書9章2節)

【あなたを支える人々がいる】

一人の男の人が床に寝かされたまま、人々に助けられてイエスさまのところに運ばれてきました。ここには他者の支えによって助けられたひとりの人の姿が描かれています。彼は、主イエスのところにさえ行ければなんとかしてもらえる、という一筋の光に縋るような思いだったかもしれません。あるいは既に治りたいという気力を失い、意気消沈していたかもしれません。いずれにしても、彼は自分一人では主イエスのもとに来ることはできませんでした。

悲しみのどん底でうなだれる時。あまりにも大きな試練を前にして、もう信仰が枯渇してしまう時。そのような時に、あなたを担ぎ、あなたを背負い、主イエスのところまで連れて行ってくれる。そのような友を持つものは幸いです。私たちは、時には誰かに助けられ、時には誰かを助けながら生きていく者です。この事のためにこそ、私たちひとりひとりが早良教会に集められ一つの家族とされたことを信じます。

【あなたの罪は赦される】

主イエスは「あなたの罪は赦される」と手足が不自由な人に呼びかけられました。主がこのように語られたのは、この中風の男性が他の人と比べて特別罪深い人間だったからではありません。

第一に、この当時のユダヤでは、病気は罪の結果だったと考えられていました。つまりこの人は、自分の体が不自由になったのは、自分が悪いからなのだと思い込んでいたのです。自分は神に罰せられていると感じ、罪責感に悩まされながら、沈んだ心で生活をしていたのです。

だから主は「病気の人よ」「中風の人よ」などではなく、「子よ」と呼びかけてくださいました。主イエスはどれほど彼を愛してくださったことでしょうか。そして、彼を励ますために「元気を出しなさい。あなたの罪は赦される」と宣言されたのです。

二番目に、この中風の人は他の人と比べて、特別悪い罪人ではなかったが、かといって全く罪がなかったわけでもありませんでした。「義人はいない、一人もいない」という聖書の言葉通り、この人もまた十字架の赦しによって覆われるべき一人の人間だったのです。イエス・キリストは人の罪を赦すために来てくださった救い主であることをこの言葉は表しているのです。

 

 

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