2021年5月23日「あなたのそばにいられるように」加山献牧師

「あなたのそばにいられるように」加山献牧師

ヨハネによる福音書16章7節~11節

ヨハネ福音書の14章から16章には、主イエスが十字架にかけられる前に弟子たちに語られた言葉が記録されています。主は「もう間もなく、私は去っていかなければならない」「もうしばらくすると、あなたたちは私を見なくなる」と何度も語られました。これらの言葉は、弟子たちにとっては、思いも寄らない語りかけでした。16章6節には、それらの言葉の故に弟子たちが悲しみに満たされていたとあります。

しかし、悲しむ弟子たちに対して主イエスは語られました。

「実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。」(7節前半)

主イエスを最も必要とする時に、主が去っていく。弟子たちだけがこの悩み多き世界に残されていくことが、どうして「益」となりえるのでしょうか。しかし、イエスは静かに言葉を続けられました。

「わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」(7節後半)

この「弁護者」は聖書の別のところでは真理の霊、聖霊と呼ばれています。イエスが去ることが益となるのは、まるで選手交代するかのように、この聖霊が私たちに遣わされるからだ、というのです。

主イエスが人の姿をとられ、肉体をもっておられる時には、地球上のすべての人と共にいることはできませんでした。たとえば、主がエルサレムに滞在されている時には、同じ日の同じ時刻にガリラヤの人々と共にいることはおできにならなかったのです。主が人の姿を取られている間は、主も私たちと同じように(神と等しい方であるにもかかわらず)時間と空間という限界の中を過ごしてくださったのです。それは主の大いなるへりくだりの心の顕れでした。

しかし、聖霊なる神にそのような制約はありません。私たちがいつどこにいても、聖霊なる神は私たちと共にいてくださるのです。世界のどこにおいても聖霊はご自身の教会と共にいてくださいます。今、日本中で、また全世界で捧げられているすべての教会の礼拝に主は伴ってくださり、臨在を与えてくださるのです。「世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)という主の御約束は聖霊なる神の働きによって、まさに成就したのです。

この礼拝にオンラインで参加している皆様のところにも、またインターネットが利用できずとも祈りを持ってご参加くださっている皆様のところにも、等しくご臨在を与えてくださり、時間と空間を超えて、私たちをつないでくださるお方がおられます。この方こそが聖霊なる神です。

私たちは今日も、たとえコロナ禍の試練の中にあったとしても、聖霊なる神によって一つに結ばれ、一つの家族とされていることを主に感謝します。

 

 

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