2021年4月25日「あなたはわたしを愛するか」今村まさゑ協力牧師

「あなたはわたしを愛するか」今村まさゑ協力牧師

ヨハネによる福音書21章1節~19節

ヨハネ21章は、一見、20章で完結したものに加筆したかのような部分です。ところが、内容は実に重要で、この加筆によって、弟子たちは再び立ち上がることができたことがよくわかります。弟子たちは十字架刑による主イエスとの別れに、深い絶望感と主を裏切って逃げ出してしまったことへの情けなさで意気消沈しておりました。

朝早く墓に行った婦人たちが、復活された主から「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」との伝言に励まされ、故郷にもどってきたのです。21章はここからはじまります。

シモン・ペテロ、トマス、ナタナエル、ヤコブとヨハネ、他に2人の7名は、生活費を得るため舟に乗り込みましたが徒労に終わりました。つい3年前、「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」そこで、彼らは舟を陸に引き上げすべてを捨ててイエスに従った。」(ルカ5:1~)ことが思い出されたことでしょう。

夜が明けた頃、イエスが岸に立っておられ「神の子たちよ」「舟の右側に網を打ちなさい」右は神の御業をあらわし、大きな魚でいっぱいであったとあります。さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあって「さあ、来て、朝の食事をしなさい。」

一晩中、湖の上で漂っていた彼らを、主ご自身が用意した食卓に招き、もてなされました。食事が終わると「ヨハネの子シモンよ」(シモン・ペテロではなく)と名指しで声をかけられたことの意味は大きいのです。主の前に顔を上げることのできないシモンに、もう一度立たしめようとされ、「あなたは、この人たち以上に私を愛するか」と、問われるのです。

ペテロに与えられた立ち直りのチャンスなのです。失敗と挫折とが致命的なものとならないように、今一度新しく生きることができるように。復活の主が親しくシモンと語られたのです。他の弟子たちも、実はわたしたちもそばにいて、同様に悔い改め、新しい一歩を踏み出す時をと願います。ここに弟子たちの信仰のよみがえりが起こされたのであります。

「ガリラヤのイエシュー」(山浦玄嗣訳 東北、気仙地方‣方言)では、「俺のこと大事に思ってるか」「お前様に惚れております。惚れ込んでおります」「俺の子、羊らの世話をしろ。面倒を見ろ。」ペテロは「お前様は 何だって分かっておられる。俺がお前様に首ったけなのは、知っての通りでがす」

イエシューサマは、カラカラと打ち笑って、びしょ濡れのペテロの肩をガッシリと掴み、こう言いなさった。「お前が、俺の羊らの世話をしろ!」「さあ、俺に付いて来オ!」

私たちもペテロのように、何度も失敗をする者であります。しかし、十字架の死によって私たちの罪を贖って下さったイエスさまに、100%信頼して「主よ、あなたは何もかもご存知です。」と、主に従ってまいりましょう。

 

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