2021年2月21日「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」今村まさゑ協力牧師

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」今村まさゑ協力牧師

マタイによる福音書6章33節~34節

2月17日(水)~イースター(4月4日)の前日までが受難節です。主イエスさまが私たちを愛して苦難の十字架を負って下さったことを感謝し祈りを捧げましょう。今朝の5章~7章は「山上の説教」といわれる主の説教の数々が記されています。ガリラヤ湖(北西岸)をすぐ近くに見下ろせる小高い(125m)場所に、回廊が美しい八角形の「山上の垂訓教会」が建てられています。

今朝は、6章25節からの「思い悩むな」のところに注目してみましょう。「何を食べようか」「何を飲もうか」「何を着ようか」と思い患う人々に、「空の鳥を見よ、野の花を見よ」と諭される。一日だけしか咲かない野の花でも見事に装われる神は、人々をそれ以上に守られる。思い煩いは無益である。

「あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」ペテロも「思い煩いは、何もかも神に任せなさい。神が、心にかけていてくださるからです。」(Ⅰペテロ5:7)と記しています。

思い煩いを取り除く二つのことが、以下の33節と34節です。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。」第一に、神の国と神の義とは三位一体の(父なる神・子なる神・聖霊なる神)が支配される神の王国のことで、求め続けよと命令形の言葉です。

「そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」。(あなたに前に置かれる)の意。「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。」明日を支配しておられるのは神ご自身であり、神の領域に踏み込んではならないのです。従って、思い煩いは、不必要であり、無益であり、有害であるのです。

「主の御心であれば、生き永らえて、あのことやこのことをしよう。」(ヤコブ4:15)と考えるべきです。「その日の苦労は、その日だけで十分である。」のです。

私たちキリスト者の生き方は、思い煩いから解放され、軽やかに、爽やかに、今日一日を生ききることに全力を注ぎましょう。神さまが父として心配して下さるのです。

「主をたたえよ。日々、わたしたちを担い、救われる神を。」(詩68:20)

 

 

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