2021年2月7日「主の癒しを受けとろう」加山献牧師

「主の癒しを受けとろう」加山献牧師

マタイによる福音書8章14節〜17節

 マタイ8章には三つの主イエスによる癒しの記事が記録されています。最初に癒しは、伝染病を患った人に対してなされました。それは汚れを持っているとされ社会的に隔離された人の癒しでした。一つ目の癒しは社会的断絶に回復をもたらしたキリストを証しています。 

 二番目の癒しはローマ軍の指揮官である、百人隊長の僕の癒しでした。この百人隊長は異邦人でた。ローマ軍は支配する側であり、ユダヤの民抑圧する側でした二つ目の癒しの記事は民族的断絶に回復をもたらすキリストの力が描かれています。 

 そして今回の聖書箇所は、マタイ8章における三つ目の癒しの記録です。このペテロの義理のお母さんが熱病からされた、という記事は女性に対する癒し、ということが強調されています。当時女性軽視され人権が認められていませんでした。そのような立場におかれていた女性を癒し、立ち上がらせた、ということにマタイのひとつのメッセージがありますキリストはジェンダーの断絶にも回復をもたらしたのです。 

 そして、15節には、熱病苦しんでいたペトロの義理のお母さんをイエスが癒やされた時「彼女はすぐに起き上がって、イエスをもてなした」と記されています。実はこれこそが私たちの信仰のプロセスだとえます。私たちが癒やされたのは、人助けをするためであり、私たちが祝福を受けたのは、人に祝福をもたらすためでした。私たちが癒され、救われたのには目的があります。私たちは他者に仕えるために救われたのです 

 17節で引用されている、預言者イザヤの言葉を詳しく見ていきたいと思います  

 3 彼は軽蔑され、人々に見捨てられ多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠しわたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。 

 4 彼が担ったのはわたしたちの病彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに 、わたしたちは思っていた神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。 

 5 彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。 彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。 

 6 わたしたちは羊の群れ道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。 そのわたしたちの罪をすべて 主は彼に負わせられた。(イザヤ書53章3節~6節) 

 これはイエス・キリストが生まれるおよそ700年前に語られた言葉でした。主は苦しむの地点に立ち、私たちの痛み背負われたのです主は今も、私たちの痛みと悩みを共に担っていてくださるのです。それがカルバリの十字架の力です。イザヤの語った預言の通り、「彼の打ち傷によって」私たちはいやされました。

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