2020年12月13日「マリアの賛歌」今村まさゑ協力牧師

「マリアの賛歌」今村まさゑ協力牧師

ルカによる福音書2章46節~56節

2000年前のある日、ガリラヤのナザレに住むおとめマリアに、神から遣わされた天使ガブリエルは「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。」と告げました。驚きおそれるマリアに「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高きかたの子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。・・」マリアは天使に言った。「どうしてそのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高きかたの力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも年を取っているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」そこで天使は去っていった。と聖書は語っています。

天使のみ告げに応じたマリアは、両親にも打ち明けることができないまま、エリサベトのもとへと急ぎました。ところが、マリアの挨拶を聞くや、声高らかに「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

マリアが何も語らぬ前に、エリサベトは「胎内のお子さま」「わたしの主のお母さま」と敬い、孫のような若きおとめに、ぬかずく・・何という姿でしょう。

賛歌の前半は一人称です。わたしの魂・わたしの霊・わたしの救い主・わたしに偉大なことを・・。「主をあがめる」とは、主を大きくするという意味で。神を大きくする時、自分や物が小さくなる。自分が大きいと傲慢になり、他人が大きいと劣等感におちいる。神を大きく生きる時―これらから自由になれるのです。

後半は、神のみ業による逆転が語られます。主はその腕で力をふるい、思いあがる者を打ち散らし、権力有る者をその座から引き下ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を追い返えされる。マリアは全部、未来形ではなく、成就した過去形で述べています。へりくだった魂こそ、低き馬小屋まで下って来られたイエスに会える場所なのです。(参照聖句:申命記8:11~ 詩51:19 マタイ25:40 詩102:19)

 

 

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