2020年12月6日「優しい王様はどこですか」加山献牧師

「優しい王様はどこですか」加山献牧師

マタイによる福音書2章1節~12節

  「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占 星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。』」(1節~2節)

東方の学者たちは、「王の誕生を祝う心」を持っていました。しかも彼らは、自分の属する国の世継ぎではなく、他の国の王として生まれた幼子を礼拝するために長い旅をしてきたのです。

国と国とが常に緊張関係にあった古代中近東において、他国に対する尊敬に基づいた行動は稀であり、価値あるものといえます。“自国中心主義”が台頭している現代においても、同じことが言えるでしょう。

さらに、この学者たちには「救い主を求める心」がありました。彼らは、高い地位とその博識さにも関わらず、自分が罪を赦され、救われる必要があることを認めることができる謙遜な心をもっていました。その謙遜さが彼らを遠方の国より、イエス・キリストのもとに導いたのです。

 「東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(9節~11節)

異国人である彼らの礼拝はマタイ福音書の重要な指針を伝えています。イエス・キリストはユダヤ人のみならず、「世界のすべての人のための救い主としてお生まれになった」ということです。

私たち一人一人の信仰の歩みも、この星に導かれた学者たちの旅のように、救い主のもとを目指す長い旅路のようなものです。愛であられるお方、心から慕い求める主イエスと顔と顔をあわせて相まみえるその時を目指し、東方の学者たちのように信仰の旅を続けましょう。

 

 

 

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