2020年11月22日「神は我々と共におられる」今村まさゑ協力牧師

「神は我々と共におられる」今村まさゑ協力牧師

マタイによる福音書1章18節~25節

一週繰り上げの待降節第一の礼拝として、マリアの婚約者ヨセフに臨んだイエス・キリストの誕生の次第をみてまいりましょう。

若い二人は晴れて結婚する日を楽しみに、しあわせな日々を過ごしていました。ところが突然、マリアのところに天使ガブリエルが来て「おめでとう。恵まれた方、主が共におられます。マリア、恐れることはない。聖霊があなたに降り、いと高き神の力があなたを包む。あなたは身ごもって男の子を産む・・・。親類のエリサベトも、年を取っているが、もう6か月になっている。・・・」(ルカ1:26~)

マリアは13,4歳のおとめです。ヨセフとの交際も清らかな関係でした。マリアの驚き、恐れは想像を絶します。当時、姦淫の罪は石打による死刑です(申22:22)両親にもヨセフにも語れぬまま、天使が告げたエリサベトがいるユダの町へ駆け出しました。

3か月間、祭司ゼカリアとエリサベトのところに滞在し、落ち着きを得たのでしょうマリアはヨセフのもとに帰り一切を打ち明けました。

19節「ヨセフは正しい人」とあります。曲がったことが嫌いなヨセフには、如何に考えようと理解することのできないことでした。

マリアへの思いはせめて密かに縁を切ること、さらし者にしないことでした。ヨセフの失望、落胆は計り知れないものでした。ヨセフに拒否されれば、マリアは到底、生きてゆくことはできなかったでしょう。ヨセフが悶々と考えていると、「主の天使が夢に現われ告げました」「ダビデの子ヨセフ、恐れず、マリアを受け入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。この名は

「神は我々と共におられる」という意味である。」(イザヤ7:14)

これは、700年前から預言されていました。24節「ヨセフは眠りから覚めると、天使が命じた通りにマリアを受け入れ、」子の父となることを決心したのです。

よく処女降誕なんて馬鹿げているといって軽々に、キリストの福音を拒否する人がおられますが、「聖霊によって身ごもった。宿った。」とは、まさに神の霊、神の力、神の御業です。天地万物を一週間で創造された神に、不可能はないのです。

故に、今年のクリスマスこそは、「インマヌエル!神が共にいてくださる」喜びを受け止められる魂を祈ります。

(参照聖句:マタイ28:20  マタイ18:19  ヨシュア1:9  詩編46:1)

ヨセフは一介の大工でした。何の権力もない人でした。神はそのヨセフに神の御子を預けられ、人類を罪から救う神の大計画を実現されるのです。マタイの1節からの系図、その完成のところ、16節にヨセフの名は記されています。ハレルヤ!!

 

 

 

 

コメントは受け付けていません。