2020年10月11日 「すべてのことは報われる」 加山献牧師

「すべてのことは報われる」 加山献牧師

出エジプト記18章1節~12節

① 人生には苦労がある

モーセの人生には多くの苦労がありました。モーセはエジプトの国で奴隷とされているイスラエルの家庭に生まれてきました。それにもかかわらず、奇跡的な方法でエジプト王ファラオの宮殿で王子として育つことになったのです。しかしあることがきっかけで、ファラオの怒りにふれ、命を狙われるようになり、同胞からも拒絶されたモーセはエジプトの王宮を後にして荒れ野をさまよいました。エジプト人にもなり切れず、イスラエル人にも受け入れられないということを通して、彼は孤独を味わったのです。

 

② それでも人生には慰めがある

モーセは砂漠をさまよい、ミディアンというところに身を落ち着けました。そこで一人の女性と出会い、結婚し、二人の子どもに恵まれた。そこで生まれた一人目の子どもには「ゲルショム」(寄留する者)と名付けました。モーセの中で「寄留者」「よそ者」としての意識が強かったからでしょう。しかし二人目の子どもには「エリエゼル」(神は助け)と名付けました。ずっと独りだったモーセは、このミディアンの荒れ野で「家族」と出会えたのです。彼は「自分はここにいていいんだ」と思える「居場所」を見つけたのです。美しい家族はモーセに対する神さまの慰めでした。

 

③ 人生には使命がある

ミディアンで平和に暮らしていたモーセに、ある日突然神さまが現れて、「エジプトに行って、奴隷とされているイスラエルの民を解放しなさい」という使命を与えられました。そこでモーセはしばらく家族と離れ、単身赴任状態でこの働きにあたったのです。実の兄であるアロンと合流して、エジプト王と交渉にあたりました。様々な出来事を経て、出エジプトを果たし、約束の地カナンを目指したのです。

 

④ 人の一生は証である

「モーセはしゅうとに、主がイスラエルのためファラオとエジプトに対してなされたすべてのこと、すなわち、彼らは途中であらゆる困難に遭遇したが、主が彼らを救い出されたことを語り聞かせると、エトロは、主がイスラエルをエジプト人の手から救い出し、彼らに恵みを与えられたことを喜んで、言った。・・・」(出エジプト記18章8節~9節)

義理の息子が信じている神さまはなんと誠実で、なんと力ある神さまだろうか、異教の神に仕える祭司であったしゅうとのエトロはそのように感じました。そしてモーセ達と共に神さまを礼拝したとあります。

私たち一人一人にも人生の物語があり、証があります。私たちが今日生きているということ、ただそのことだけでも、誰かの勇気と励ましになり得るのです。だから心からお互いを祝福しあいたいと思います。「色々あったと思うけれど、生きてきてくれてありがとう。そしてこれからもよろしく」、と。

 

⑤ すべてのことには報いがある

「信仰によって、モーセは成人したとき、ファラオの王女の子と呼ばれることを拒んで、はかない罪の楽しみにふけるよりは、神の民と共に虐待される方を選び、キリストのゆえに受けるあざけりをエジプトの財宝よりまさる富と考えました。与えられる報いに目を向けていたからです。信仰によって、モーセは王の怒りを恐れず、エジプトを立ち去りました。目に見えない方を見ているようにして、耐え忍んでいたからです。」 (ヘブライ人への手紙11章24節~27節)

へブル書の著者は上記のようにモーセの生涯を述べています。私たちも与えられる報いに目を向け、目に見えない方を見ているようにして歩んでいきたいと思います。

 

 

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