2020年9月6日「神にある喜び」宝田豊牧師

「神にある喜び」宝田豊牧師(ノーステキサス日本語バプテスト教会)

フィリピの信徒への手紙4章4節~7節

フィリピの手紙はパウロが獄中にあって書いた手紙です。彼自身が苦しい状況にありながらも、フィリピの教会に対して、彼は力強く語っています。その力強いメッセージの中心は「喜ぶ」ということです。4章の中だけでも、「喜ぶ」という言葉が17回も使われています。パウロにとって「喜ぶ」ということがいかに大切なことであったかがわかります。

「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。」(4節)

ただ単に喜びなさいというのではなく、“主において”喜びなさい、とパウロは語っています。英語の聖書では“In Christ”という言葉がここで使われています。これは「キリストの内にあって」、「キリストに支えられて」、あるいは「キリストが共にあるからこそ」喜びなさい、という命令なのです。

私たちが何故喜べるのか。私たちが今どんな人生を歩んでいるとしても、それはキリストの内にあって支えら、守られている人生だからです。だからこそ、主にあっていつも喜べる人生なのです。

しかし、すべてが順風満帆にいくわけではありません。私たちが人間として生きていく以上、さまざまな悩みや問題があります。喜びがあるから悩んではいけないということはありません。確かに悩みがある、という事が現実なのです。

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」(6節)

神は、私たちに心を注ぎだすことを求めておられます。「神に申し上げるがよい。」(口語訳)これは“神に知っていただく”という意味の言葉が使われています。一人で悩むのではなく、神に知っていただきなさい。あなたの心の真実を、あなたのその痛みを、すべて神に知っていただきなさい、というのです。その時に、神はあなたの想いに必ず応えてくださいます。このように書かれています。

「そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。」(7節)

コロナ禍の中にあって、これから訪れるであろう嵐に対して、私たちはどのような想いを向けているでしょうか。キリストの内にある私たちは、どのような状況にあっても喜べることをぜひ知っていただきたいと思います。

メッセージ音声↓

礼拝動画↓

 

 

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