2020年8月9日「神の国と神の義を」加山献牧師

【神の国と神の義を求めよ】

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。」(マタイ6:33、新共同訳)

神の国と神の義を求めるとは、神を信じて、この神の働きを自分の人生に歓迎すること生き方を表しています。神が私に願っておられることを探し求め、神の心を私の心として求めていく生き方です。主イエスは、私たちにとって一番大切な事を、一番初めに求めていきなさい、と教えられたのです。

神の国とは、神が治める所、つまり神さまがご支配される領域を指しています。私たちが神の国を求めていくときに、心が神様に支配され、人生が神様に支配されます。一人一人がその生き方に召されていくときに、個人的なことだけでなく、家庭、職場、この町、この国、そしてこの世界に神さまの御心が形造られていくのです。

神の義とは、神が私たちに対して願っておられる正しい行いです。しかし、それだけではありません。聖書で使われている「義」とは“「関係概念」の言葉だ”と言われています。つまり、「神と正しい関係にある事」を表しているのです。しかもその正しい関係は、自分の努力によって得られるものではなく、イエス・キリストへの信仰によって与えられるものだ、というのです。つきつめて考えると、「義」とは主イエスを自分の救い主として受け入れた時に与えられる関係のことなのです。

【これらのもの】

「そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」(マタイ6:33、新共同訳)

“これらのもの“とは、私たちの人生における、あらゆる必要を指し示しています。必要はたくさんあるかもしれません。衣食住、心の安心、様々な問題の解決、人生の目的、経済的な必要・・・、私たちは祈りの内にこれらのことを求めても良いのです。

32節でも“これらのもの”について語られています。

「あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。」(マタイ6:32、新共同訳)

人は誰でも思い煩いを持っています。悩み、苦しみ、悲しみ、辛かった事、悔しかった事。でも神はご存知である、よくわかっていてくださる、というのです。だからこそ信仰の基本にかえる事が大切です。「まず神を第一に求める事」。第一に、イエス・キリストを通して与えられる神との交わりを求め、他の誰でもなく、神からしか受け取れないものをいただくのです。

「明日のことを心配するのはやめなさい。神は明日のことも心にかけてくださるのですから、1日1日を力いっぱい生き抜きなさい。」(マタイ6:34、リビングライフ)        (8月9日)

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