2020年6月14日「国と力と栄えとは」加山献牧師

「国と力と栄えとは」加山献牧師

列王記上29章10節~13節

私たちは「国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり」という祈りで主の祈りを締めくくります。古い記録によれば、西暦90年ごろにはこのような結びの言葉が付け加えられて教会で祈られるようになっていたことがわかっています。この結びの言葉が定着したのは、主の祈りを締めくくるのに、この上なくふさわしい祈りであったからです。

この結びの言葉の元となった聖書箇所は歴代誌上29章のダビデの祈りです。ダビデの祈りには大きく分けて3つのテーマがあります。第一に「この国はあなたのものです」、第二に「すべての富と力はあなたのものです」、そして3番目に「すべての栄光、誉れは神さま、あなたのものです」という宣言です。この祈りはいただいたすべてを神にお返しする、奉献の祈りでした。

古代教会の人々は、このダビデの祈りを、主の祈りの最後に結びの言葉として付け加えました。そして私たちもその伝統を引き継ぎ、この祈りを祈っています。この祈りの意味を、ご一緒に考えていきたいと思います。

 

【この国はあなたのものです】

まず考えたいのは「この国はあなたのものです」という祈りです。初代教会の人々にとって、迫害の時代にあって、このように祈ることは、危険なことでもありました。皇帝が神として君臨するローマ帝国の中で、そしていつローマ兵が踏み込んでくるかわからない、という緊張の中で、この国は皇帝のものではなく「神さま、この国はあなたのものです、あなたの御国をこの地に来らせてください」と教会の人々は祈り続けました。

私たちが住む、この日本という国において、神の御国はどれくらい実現されているのでしょうか。また、わたしたちの人生において神の御心はどれほど実現されているでしょうか。世界に変革をもたらすために、またわたしたちの心が変えられるために、わたしたちは今日も、信仰の先達に続いて、「神さま、この国はあなたのものです」と祈ります。

 

【力はあなたのものです】

2番目に考えたいことは、「力はあなたのものです」という祈りです。この世の中は力が支配しています。選挙をすれば、より力がある陣営が勝利します。受験があれば、力のある方から合格していきます。確かに、この世界で生きていくためには、何らかの力が必要であるように思われます。だから私たちは何らかの力を得ようと、努めます。「力を求めていく」ことこそが、わたしたちの世界の基本的な生き方なのです。

自分という存在を支えるために、勉強を頑張る、仕事を頑張る、プライベートを充実させることを頑張る・・・。何も悪いことではありませんが、すべては自分の頑張りにかかってくることになります。「頑張る」というのは日本語の特有の表現のひとつかもしれません。みんな、この社会の中で「頑張って」生きているのだと思います。「頑張る」ということは、私たちの社会において、美徳の中の美徳ですが、みんなどこかで、「もう頑張らなくていいよ」と言われることを待っているのかもしれない、そのように思えることがあります。

私という存在を支える根本的な力は神の力だと、聖書は語っています。もう自分の力ではどうしようもできないと時に、私たちを内側から支えるのは、神さまの力なのです。私たちを救うのは、私たちの力ではなく、神の力なのです。だから私たちは今日も告白したいと思います。「力はあなたのものです。」

 

【栄光はあなたのものです】

最後に「栄えはあなたのものです」という祈りについて考えていきたいと思います。

音楽の父として慕われている音楽家バッハは、宗教音楽の楽譜を書き始めるにあたり、最初に「JJ」(“Jesu Juva”主よ、助けたまえ)というアルファベット書き、完成した楽譜の最後に「SDG」(“Soli Deo Gloria”神のみに栄光あれ)と書き記しました。音楽の天才と呼ばれる彼が、楽譜を書き始める前に「イエスさま、助けてください」と祈り、ひと仕事終えたならば「神さま、すべての栄光をあなたにおささげします」と祈ったのです。それは彼の人生そのものを象徴しているのかもしれません。

わたしたちもバッハの信仰にあやかり、日ごとの歩みの中で恥じることなく「イエスさま、助けてください」と祈り、一日一日を終える時に、そしてこの人生を終えるその時に、「神さま、すべての栄光をあなたにおささげします」という祈りに導かれていきたいと思います。

礼拝メッセージの音声のみ↓

 

↓礼拝の動画

 

 

 

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