2020年4月26日「復活の主、弟子たちに現れる」今村まさゑ協力牧師

「復活の主、弟子たちに現れる」今村まさゑ協力牧師

ルカによる福音書24章36節~53節

世界には様々な宗教があります。しかし、どの宗教にもないものが、キリスト教にはあります。それが、主イエス・キリストの十字架の死と復活の出来事です。

ルカの24章36節に「こうゆうことを話していると・・」とありますが、その話の内容は、33節以降に書かれている通り、既に数人の弟子たちは復活された主に出会って、その話をしている最中に、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち「あなたがたに平和があるように」と言われたのです。彼らは恐れおののきイエスの亡霊だと思ったと記されています。

動揺する弟子たちに「まさしくわたしだ。わたしの手や足を見なさい。」とお見せになった。その手と足には、十字架の釘痕が残っていたでありましょう。2000年前、主イエス・キリストの十字架の死から三日目の出来事です。ご復活の記事は、使徒言行録1:3~。コリント第一15:4~。ペテロ第一2:24~ 他にも多く記されています。

イエスさまは肉体の復活だけでなく、実は目には見えない霊の復活をも成し遂げられたのです。イエスさまの十字架上での死とは、肉体の死だけでなく霊の死をも意味しています。霊の死とは、神の恵みから永遠に切り離されるという事、神との交わりが絶たれるという事、呪いの中に生きるという事を意味します。イエスさまは、私たちに代わりこの死を経験されたのです。しかし、三日後にこの死に打ち勝ち復活されました!復活とは、肉体のよみがえりを意味しますが、霊的な勝利をも意味するのです。

復活、すなわち死に勝つとは、神との完全な交わりの回復、神の国の恵みの永遠の享受、そして、呪いから完全に解放され、神の祝福を永遠に受けることを意味するのです。

イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」(ヨハネ11:25)

イエスを信じる時、キリストの命(ZOE)に与り、イエスを信じ悔い改める時、わたしたちの罪は十字架の贖いのゆえに全て赦されるのです。私たちには帰る天の場所があるのです。十字架のキリスト、復活の主イエス・キリストの御腕に立ちかえり魂の安らぎを頂きましょう。

 

 

 

コメントは受け付けていません。