2020年4月5日「あの涙を忘れない」加山献牧師

「あの涙を忘れない」加山献牧師

ルカによる福音書22章54節~62節

ペトロの失敗は、彼が挑戦したからこその失敗でした。ペトロは危険を犯して、主の裁判が行われている大祭司の家まで従っていきました。このことから、確かにペトロは主を深く愛していたことが分かります。

しかし、彼の失敗は自分の力を過信してしまったこと、いうなれば「自分の信仰」を信じてしまったことでした。自他共に認める主イエスの一番弟子でした。「主よ、ご一緒なら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております。」(ルカ22:33)「たとえ、皆がつまずいても、私はつまずきません。」(マルコ14:29)とまで宣言していました。自分は大丈夫、と自信に溢れていたペトロが大きな挫折を経験したのです。

この聖書箇所を読む時、人の力、人間的な忠実さ、といったものは意外に脆いのだ、ということを知らされます。人間の約束、また人間の誠実さは、大きな試練に揺さぶられると、意外にも頼りにならない。しかし主イエスの変わらない約束、主イエスの誠実さが私たちを支えているのです。

悪魔は私たちの信仰をふるいにかけます。あわよくば、私たちの信仰をなくそうとします。悪魔の働きの目的は、弟子の信仰がなくなることなのです。しかし主は、あらかじめ告げておられました。「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。」(ルカ22:32)

実は私たち一人一人も、このイエスさまの祈りに支えられているものなのです。このパンデミックという災いの只中で、ふるいにかけられている私たちのために、今も天で、私たちのためにとりなして祈ってくださっているイエスさまがおられるのです。

「あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(ルカ22:32)と主は語られました。「失敗することが失敗ではなく、失敗した後、何もしないでいることが失敗である」とよく言われますが、まさにその通りだと思います。私たちは幾度となく倒れてしまうものですが、また何度でも立ち上がるように主は招いてくださっています。

今一度、イエスさまの十字架の道を思い返したいと思います。ご自身を訴え、鞭で打ち、嘲るものたちのために、そしてペトロのためにその道を歩まれました。そして時を超え、国境を超えて、この場所に集う私たちのためにも、主は十字架を負ってくださったのです。主の憐れみの眼差しが、今日も私たち一人一人に注がれています。

動画はこちら↓

https://www.youtube.com/watch?v=DaDQvcRye80

 

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