2020年3月22日「この海を渡ろう」加山献牧師

「この海を渡ろう」加山献牧師

出エジプト記14章5~16節

【解放されたものを再び捕らえようとする力】

エジプトでの奴隷生活から解放されたイスラエルの民は、意気揚々とエジプトから出ていきました。ところがエジプト王ファラオは心変わりし、えり抜きの軍隊を整え、再びイスラエルを奴隷にするために出撃したのです。

ところで私たちは、主イエスに出会い、主イエスを信じ、どのような状況から救われ、救われつつあるのでしょうか。何が変わり始め、どのような新しい出発をしたのでしょうか。私たちは主イエスによって罪と死の問題、それに付随するあらゆる問題から、すでに救い出されているものなのです。

しかし、解き放たれ自由にされたものを再び支配しようとして追いかけてくる力があるのです。はるか昔に手放したはずの恐れや不安が、再び襲ってくることがあるかもしれません。過ぎ去ったはずの古き支配者が私たちを離そうとせず、追いかけてくることがあるのです。

しかしモーセは「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい。あなたたちは今日、エジプト人を見ているが、もう二度と、永久に彼らを見ることはない」(13節)と人々を励ましました。私たちもこのモーセの励ましに深く耳を傾けたいと思います。この人生の歩みにおいては、私たちを追い詰めようとする様々な出来事があります。しかしながら、「もう二度と、永久にそれらを見ることはない」という、私たちの人生にもたらされる確かな勝利についての良き知らせがあるのです。

【主があなたたちのために戦われる】

「主があなたたちのために戦われる」という宣言の言葉に注目したいと思います。イスラエルの道は海にさえぎられ、後ろからは世界最強の軍隊が迫っていましたのです。もう自分たちの力ではどうすることもできない状態でした。自分で自分自身を救うことのできない人間の弱き姿がここにあります。ですが、自分の力が尽きた時こそが神の御業が現れる絶好の時なのです。

どんなに神を強く信じていても、怖いものは怖いかもしれません。夜の闇が一番深くなる夜明けの時に、民は海に向かって踏み出していかなければなりませんでした。聖書の中で何度も何度も「恐れるな」と語られているのは、私たちの人生には恐れを抱かせるような問題が山のようにあるからです。

人生の苦難の責任を神さまに問いただすのではなく、私自身がこの苦難や問題に問いかけられている者へと変えられていく必要があります。神さまを被告人の席につけて「なぜなのですか」と問い詰めるのではなく、私たちの方が神さまに問われている立場に身を置き換えるのです。

イスラエルの民は神さまのことばを信じて、前に向かって歩み出しました。するとその先に、神さまの力と救いを経験しました。同じように、私たちに必要なことは、キリストのことばを信じて、一歩踏み出すことです。この海を渡りましょう。もし、まだキリストをご自身の救い主として信じておられない方がおられましたら、ぜひイエス・キリストを救い主として、心に受け入れてください。心からお勧めします。

 

 

 

 

 

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