2020年3月8日「御心がなりますように」加山献牧師

「御心がなりますように」加山献牧師

マタイによる福音書6章10節

主の祈りの第3の願い「御心がなりますように」という祈りを通して、3つのポイントで考えていきたいと思います。

①わたしたちの思いと異なる神さまの心

私たちの思いよりも遥かに高い神さまの御心、私たちの計画よりも遥かに勝る神さまの道があります。私の願いを神さまに届けることよりも、神さまがこの私たちに願っておられることを実現するために祈る、そこに祈りの本質があります。

天で行われている、神さまの御心が地でもなされるように、この世界で、私の心のうちになされるように祈っていきたいと思います。

②神の心を尋ね求める

私たちの人生は決断の連続です。一つ一つの決断が私の人生を左右します。理性的に考えなくてはなりません。しかし、信仰を持っている人は何が神さまの御心であるか、尋ね求める、ということです。

私の思いを置いて、天の父に私の人生を委ねる時に、私の選ぶべき道、私のとるべき態度、私の語るべき言葉、私が生きるべき人生に導かれていきます。

神さまにすべてを委ねて生きる人生の、最も優れた模範はイエス・キリストご自身です。マルコによる福音書14章32節~36節『アッバ、父よ、・・・しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。』と祈られています。

③究極的な神の心ー救い

父なる神さまはどのような思いでこの祈りを聞かれていたでしょうか。御子イエスさまが十字架の道を進まれる姿を、涙を持って見つめておられたことでしょう。私たちが飲むべき裁きと怒りの杯をイエスさまが飲み干してくださり、代わりに私たちに赦しと救いの杯を与えてくださいました。イエス・キリストを信じるものが一人も滅びないで、永遠の命を得ること、すべての人が救われることが、神さまの御心です。

神さまはこの世界に対して、私の人生に対して、関心を持っておられ、明確な救いの意思を持っておられます。この神さまの救いが、神さまの心が世界でなされてますように、求めていきたいと思います。受難節(レント)の時に入っています。イエスさまの御苦しみを通してなされた神の御心を求め、祈りましょう。

 

 

 

 

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