2020年1月26日「あなたはできる」加山献牧師 通訳:朱圭承宣教師

「あなたはできる」加山献牧師 通訳:朱圭承宣教師

出エジプト記4章10節~17節

4章2節で、神さまはモーセに言われました。「あなたの手にあるものは何か。」モーセは「杖です」と答えました。それは彼が今まで、羊を導くために用いてきた杖でした。杖は、モーセの経験、通らされて来た道の象徴です。その杖を用いて、モーセはイスラエルの民を導いていくことになります。その杖を手にとって、モーセは紅海を分け、岩から水を流し、渇いた民の喉を潤しました。

同じように、今、私たちの手の中にあるもので神さまはみ業を成し遂げられます。それは、私たちが通らされてきた道のり、成功や挫折、様々な経験であるかもしれません。神にとって、私たちの人生にむだなことはひとつもなかったのです。

10節でモーセは「わたしは弁が立ちません。わたしは口が重く、舌の重い者なのです」と語りました。さらに13節には「ああ主よ。どうぞ、だれかほかの人を見つけてお遣わしください」とまで神さまに語りました。そして14節、「主はついに、モーセに向かって怒りを発して言われた」とあります。怒るに遅く、憐れみに富んでおられる神さまが、ついにお怒りになったのです。

なぜ神さまはここでお怒りになったのでしょうか?神さまにとって、モーセの代わりはどこにもいなかったからなのです。モーセが立ち上がらなければ、誰も成し遂げられない働きがあったのです。同じように、わたしたち一人一人にも神さまが願っておられる人生があります。その使命を全うするために、わたしたち召されているのです。

「わたしはできません」とモーセは言いました。しかし神さまは「あなたはできる」と言われたのです。一人一人に召された人生があります。時に、神さまが与えられた人生は重たく感じられることがあるかもしれません。でもたったひとりでそれを背負っていくのではありません。人生を共に生きていく兄弟姉妹がいます。そして、聖霊なる神として、わが内におられるキリストがおられます。「さあ、あなたはこの杖を手に取って、しるしを行うがよい。」(17節)「あなたはできる」と言われる主のみ声に耳をかたむけましょう。

 

 

 

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