2020年1月19日「御名が崇められますように」加山献牧師

「御名が崇められますように」加山献牧師

マタイによる福音書6章9節

【主の祈りの強調点】

主の祈りは「天におられる、私たちの父よ」という呼びかけの言葉に、七つの願いが続いています。第一に「御名が崇められますように」、第二に「御国が来ますように」、第三に「御心がなりますように」、この前半部分の三つの願いは神の栄光に関する事柄を祈っています。それらに対して後半の三つの祈りは、私たちの生活の上での具体的な必要を願い求めています。「日毎の糧をお与えください」、「罪をおゆるしください」、「試みにあわせずお救いください」という祈りです。そして最後に「国と力と栄えとはあなたのものです」というダビデの祈りが旧約聖書から加えられています。

主の祈りの一つ一つの願いには優先順位があり、大切な方から順番に並んでいると言われています。つまりキリスト者が最優先に祈り求めていくべき事柄は、この世界において、また私たちの生活のあらゆる場面において「神の御名が崇められること」である、というのです。

 

【御名を崇める-聖さの意味】

ギリシア語本文を直訳すると「あなたの名前は聖なるものとされよ」という命令形なります。私たちを含めた、この世界のすべてが、神の存在に真の価値を見出し、神の御名を賛美するように、という祈りです。崇めるという言葉はギリシア語で「ハギアゾー」となっています。「聖なるものとされる、聖別される」という意味です。ヘブライ語の「カドーシュ」という言葉にまで遡ると、神の御名がこの世界のあらゆるものとはっきり「分かたれ、区別される」ことを意味しています。

ある面において、この祈りは「神の御名は天において崇められている、けれども実は地においては崇められていない」という現実を前提としています。教会の働きは、神さまが尊ばれないこの世界にあって、他の何ものにも変えられない、大切な存在として、神さまを宣べ伝えることです。

旧約聖書で明かされた神の名「יהוה(YHWH)」は、かつては「エホバ」と呼ばれ、現在は「ヤハウェ」とも呼ばれています。しかし、正確な発音は歴史の中で失われてしまいました。しかし新約聖書は、イエス・キリストという、もうひとつの御名を私たちに示しました(フィリピ2:10、ヨハネ福音書17:11など)。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」(使徒4:12)

主の御名が聖なるものとされるために、この御名の尊さを恥じることなく世に向かって宣言していきましょう。

 

 

 

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