2019年12月29日「イエス・キリストの尊い血潮」ラス・ボーグ宣教師

「イエス・キリストの尊い血潮」ラス・ボーグ宣教師

エフェソの信徒への手紙1章7節

クリスマスはとても特別で楽しいシーズンです。クリスマスの時には、イエス・キリストの誕生をお祝いします。私達が必要とする救い主を、神は天国から遣わされたのです。何よりも神の子イエス・キリストがこの世界に送られた理由は、十字架にかかる為でした。

今朝、私達は「主の流された尊い血しお」という讃美歌を歌いました。その歌詞の内容は、十字架につけられた主イエス・キリストについてです。特に十字架にかけられたイエス・キリストの体から、私達の罪を赦す為に注ぎ出された尊い血潮ということです。歌詞は聖書からの引用が多く、とてもパワフルに心に伝わってきます。新生讃美歌にあるこの曲は、オリジナルの英語から日本語に訳された曲です。作詞者はRobert Lowryというアメリカ人牧師で、もとの歌詞は英語で書かれました。実はこの曲の英語版の歌詞は初め質問から始まっているのです。それは「What can wash away my sin?」。その意味は「何が私の罪を洗い流すことが出来ますか?」という意味で、次の歌詞は、その質問に対する答えを歌っています。「Nothing but the blood of Jesus. 」この言葉の意味は「ただイエスキリストの流された尊い血潮でのみ」という意味です。これははっきりした答えですね。ただ主イエス・キリストの流された尊い血潮でしか、方法がないのです。

この讃美歌にあるこの質問は本当に重要な質問だと思います。「何が私の罪を洗い流すことが出来ますか?」ではこの言葉がどうしてそれほど重要なのでしょうか?聖書はこう宣言しています。「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています」(ローマの信徒への手紙3章23節)。そして、ヘブライ人への手紙9章27節ではこう述べています。「また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように。」神の言葉によると、すべての人は罪を犯したので、死後にはその罪に対する裁きを受ける事が定まっています。これは現実なのです。ですから、「何が私の罪を洗い流すことが出来ますか」という質問は非常に大切で、考えるべき質問です。その為に、この讃美歌が繰り返しこの質問に対する答えを思い出させてくれます。

イエス様の尊い血潮だけなのです。2節の「主の流された尊い血潮で罪を赦され、つくり変えられて」と3節の「主の流された尊い血潮でわれらの罪は全てあがなわれ」である歌詞は、エフェソの使徒への手紙1章7節に書いてある真実を思い起こさせます。「私達はこの御子において、その血によって購われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。」私達クリスチャンは何によって購われ、何によって罪を赦されたのでしょうか?この御言葉が宣言しています。私達はイエスキリストの血によって購われ、罪を赦されました。これは神様の豊かな恵みを示しているのです。

 

 

 

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