2019年12月22日「わたしの心に来てください」加山献牧師

「わたしの心に来てください」加山献牧師

ルカによる福音書2章1節~7節

人々は、モーセやエリヤよりも偉大な預言者として来られる救い主を待ち焦がれていました。救い主は、あのダビデ王よりもさらに偉大な王として来られると、人々は信じていました。そして遂にその日がやってきたのです。

わたしたちが注目したいことは、王の王、全世界の人々の救い主としてお生まれになったこの方の「泊まる場所がなかった」(ルカ2:7)ということです。ベツレヘムは多くの旅人たちでにぎわっていました。懐かしい友人や親族と再会し、集まって、楽しく過ごしている人々も多かったことでしょう。宿屋はどこも満員だったのです。

もし全人類の救い主が目の前にいることを知っていたなら、今まさに、待ち焦がれていた約束の救い主が産まれようとしていることを知っていたなら、人々は喜んでこの夫婦を迎えたことでしょう。この生まれてくる幼子が、やがて自分の罪のために重い十字架を背負っていくと知っていたなら、人々は自分の寝る場所を差し出してでも、この救い主をお迎えしたことでしょう。ですが、その事を誰もわからなかったのです。気付くことができなかったのです。

ある村での降誕劇のエピソードです。クリスマスが近づき、教会学校の先生は今年も子どもたちにそれぞれの役を与えていきました。しかし一人だけ、役を与え忘れられていた男の子がいました。彼は軽度の知的障害を持っている男の子でした。先生はそれに気付くと、慌てて彼に宿屋の主人の役を与えました。

その男の子は自分にも役が与えられたことが嬉しく、毎日自分の部屋で「ここに泊まる場所はない、馬小屋に行け!」と何度も何度も練習しました。本番の日、村の人たちは彼が練習していた通り役を演じることができるか、ハラハラしながら見つめていました。

ついに彼の出番がやってきました。彼は何度も練習した通り、ヨセフ役とマリア役に「ここに泊まる場所はない、馬小屋に行け!」とはっきり宣言しました。教会学校の先生は胸を撫で下ろしました。ところが、彼の目からみるみるうちに涙が溢れ出てきて、ヨセフ役の子どもの足にしがみつくと「行かないで!行かないで!馬小屋なんかに行かないで!僕の家に来て!僕の部屋は狭くて汚いけれど、僕のお部屋でイエスさまを産んでよ!」

今年のクリスマスも、ヨセフとマリアは私たちの心を一軒一軒尋ねてまわります。「今晩泊まれる場所はありますか。もうすぐ子どもが生まれそうなんです。」私たちもこの男の子と同じように言いたいと思います。私の心は狭いけれど、整っていないけれど、お入りください、わたしの心の中に。

 

 

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