2019年11月17日「天国を見上げて」加山献牧師

「天国を見上げて」加山献牧師

フィリピの信徒への手紙3章12節~4章1節

人は死んだらどうなるのだろうか。天国は本当にあるのだろうか。あるとしたならば、そこはどのようなところなのだろうか。この問題は古くから人類に与えられてきた普遍的な問いです。聖書は天国の様子を次のように語っています。そこにはもはや死はなく、悲しみも嘆きも労苦もない。そして、神さまは私たちの目から涙をすっかり拭い去ってくださる、というのです。(黙示録21章4節)

フィリピの信徒への手紙3章20節には、「わたしたちの本国は天にあります」という宣言があります。天国がわたしたちのゴールであり、目標であり、帰るべき故郷である、ということです。

この手紙はパウロという人によって書かれました。キリストを信じて生きていく、ということが難しい時代に、ぜひ信仰を守り続けて生きていってほしいと、この手紙には綴られています。パウロは信仰をレースにたとえました。同じように、わたしたちひとりひとりの信仰の歩みも、レースに例えられます。苦しい時、倒れる時もあります。しかしわたしたちは、その度に立ち上がり、前に向かって走り続けるのです。そして、イエス・キリストの十字架の救いを受け取ったものは、誰でも天国に迎えられます。

「わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。」(3章20節)イエスさまが迎えに来られて、抱きしめて、天国に持ち運んでくださるまで、私たちも信仰の先輩方に倣い、定められた道のりを大切に走り切りたいと思います。他の人たちに負けないように、競争するという意味ではありません。私たち、それぞれに定められた走るべき道のりがあるのです。なすべき働き、果たすべき役割があります。そして神さまが定めてくださった走るべき道のりを走り通すことが求められています。苦しい時、もう前に進めないと思う時には、ぜひとも、このゴールを見上げていただきたいと思います。

十字架によって開かれた扉がそこにあります。私たちはそこに希望を見ます。そこに光を見ます。ゴールで待っている方がおられます。私たちの救い主、イエス・キリストと、私たちの愛する方々、先に召されたご家族、ご友人が待っている天国を見上げて、今日の日を精一杯駆け抜けていく者でありたいと思います。

 

 

 

 

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