2019年9月15日「白髪になるまで、背負っていこう」加山献牧師

「白髪になるまで、背負っていこう」加山献牧師

イザヤ書46章1節~10節

 

「わたしに聞け、ヤコブの家よ、イスラエルの家の残りの者よ、共に。あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた。同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」(イザヤ書46章3節~4節)

この聖書箇所において、聖書の神はどのような方なのか、神ご自身が預言者イザヤの口を通して語っておられます。

 

1.私たちを造られた神 (私たちの過去における神)

第一に、この神は私たちを造ってくださった方です。人間が想像力を働かせて、自分たちにとって都合の良いように作り上げた神ではありません。はじめに神がこの世界を、そして人を創造されたのです。神みずから、ご自身の似姿にかたどり、人格的に生きる存在として、私たちひとりひとりを大切に造ってくださったのだと聖書は語ります。

 

2.私たちを背負ってくださる神 (私たちの現在における神)

第二に、この神様は私たちを背負ってくださる方です。人間は皆、「神に背負われている存在である」と聖書は強調しています。私たちは生まれた時から -原語によると生まれる前から- この方に担われてきました。そして、私たちが老いる日まで、「白髪になるまで、背負っていこう」とこの神は約束してくださったのです。神に背負われていない人間はどこにもいません。私たちはこの世界のどこにいても、広く、暖かい、神の背中の温もりを感じながら生きていくものでありたいと思います。

 

3.私たちを救い出してくださる神 (私たちの未来における神)

第三に、聖書の神は私たちを救い出してくださる神です。神は私たちの人生最後の日まで、私たちを背負い続けてくださいますが、それだけではありません。その先の新しい世界まで、私たちを導いてくださるのです。私たちの人生は墓で終わるのではありません。人類最大の問題である「死」から、私たちを救い出してくださる神がおられる、というのです。

そのために、神はひとり子イエス・キリストをこの地に遣わしてくださいました。イエス・キリストが十字架を背負われたのは、私たちの罪のためでした。私たちを罪と死から救い出すためには、他に方法がなかったのです。それほどまでに、この神は私たちを想い、愛してくださいました。十字架の愛と赦しを受け取りましょう。私たちはこの神に造られ、背負われ、救い出される存在なのです。

 

 

 

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