24. 8月 2019 · 2019年8月18日「主はわが羊飼い」今村まさゑ協力牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「主はわが羊飼い」 今村まさゑ 協力牧師

詩編23編1節~6節

 

旧約聖書の詩編23編は余りにも有名で、洋画の葬式の場面では一番多く牧師が読み上げる聖句ということです。詩編150編中、約半数にダビデの名が記されています。3,000年前に活躍した人物で、少年時代には父の羊の番をし、その時に覚えた石投げ紐と小石一つでペリシテ軍の巨人ゴリアテを打ち取った。そこでサウル王に召し出された。ダビデは竪琴の名手でもあった。後にはイスラエルの2代目の王となりましたが、幾度か罪を犯し泣くこともありました。しかし、新約聖書の1ページのイエス・キリストの系図の中にもダビデの名が6回もでています。また福音書に「ダビデの子よ、、、憐れんでください」とか「ダビデの子にホサナ、、、」とかでてくるほどです。そのダビデの賛歌が今朝の23編です。

様々な経験を積んで年老いたダビデが「主は羊飼い・・」わたしは羊だったと言うのです。羊は弱い動物です。目が余りよくないので食べ物を探すことができない。単独では行動がとれず群れてしまう。すぐ転ぶが起き上がれない。羊は羊飼いが青草の原や水辺に誘導しないと生きてはいけない動物です。

イエスご自身がヨハネ福音書で「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(10:11」また、多くの群衆を見て「飼い主のいない羊のような有様をみて深く憐れまれた」(マルコ6:34)と記されています。3節、「魂を生き返らせてくださった。」幾度も、慈愛と尊厳にふさわしく義の道へと導いてくださったとダビデは賛美します。

4節の死とは、一番深い暗闇の意味で、病気、事故、挫折・・など絶望的な人生の谷を歩む時でも災いを恐れない。なぜか。「あなたがわたしと共にいてくださる」からです。

「神がともにいてくださる」これが全聖書を貫く福音であり主題です。

旧約聖書のイザヤ41章10節に、こう記されています。

「恐れることはない。わたしはあなたと共にいる神。

たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えて、あなたを助け

わたしの救いの右の手で、あなたを支える。」

羊飼いは杖を手にしています。羊を導くため、また時には野獣を撃退させるために鞭として用います。5節は、遊牧民の生活倫理が前提となっており、羊飼いは追われる人であっても原野では旅人として迎え入れる。彼を追う者は、羊飼いの主権ゆえに一切手を下せない。自分を苦しめる敵の前で食卓を整え、杯を溢れさせてくださる。何という恵みでしょう。6節「命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。」追うとは追いかけて来ることです。私たちの終着地は神の家、天の御国です。相応しくないものを、ふさわしい者としてくださる「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。」(ローマ3:24) 最後に(詩編84:11)を拝読して終わります。

 

 

 

 

 


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