23. 8月 2019 · 2019年8月4日「大宴会をしよう」加山献牧師 はコメントを受け付けていません。 · Categories: 宣教メッセージ

「大宴会をしよう」加山 献 牧師

列王記下6章8節~23節

 

紀元前9世紀頃のことです。アラムとイスラエルという二つの国の間には一触即発の緊張関係がありました。アラムの王とその軍隊は、度々イスラエル王を待ち伏せし、危害を加える機械を狙っていましたが、イスラエルには神の人、預言者エリシャがおり、イスラエルの王に的確な助言を与え、事前に危険を回避させていたのです。

そこで、アラム王の矛先はイスラエル王ではなく、預言者エリシャに向かいました。まったく予期していなかった危機に直面したとき、エリシャの召使いであった若者は混乱しエリシャにすがりました。「ああ、御主人よ、どうすればいいのですか。」(15節)

ところがエリシャは、この絶体絶命と思える危機の中で、まったく動揺せず、完全な落ち着きをはらっていたのです。若者とエリシャとでは何が違ったのでしょうか。

 

1.「エリシャは万軍の主を見ていた」

若者は自分を取り囲んでいるおびただしい敵を見ていました。つまり目の前に迫った問題のことで頭がいっぱいだったのです。しかしエリシャは、自分を守り、救い出してくださる存在に目を向けていました。彼は「恐れてはならない。わたしたちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い」(16節)と若者を諭しました。

私たちが困難に取り囲まれるとき、もう終わりか、と思い怖気付くとき、私たちを取り囲み、守っている万軍の主がおられることを想い起しましょう。求める者には、危機の只中においても、状況を正しく理解し、神の軍勢を見る信仰が与えられます。

 

2.「緊張関係を解決する大宴会(和解)のチャンスを模索する」

この後、エリシャはアラムの軍隊の目をくらまし、北王国イスラエルの首都サマリアまで連れて行きます。彼らが目を開けてみると、敵陣のど真ん中にいた、というのです。イスラエル王にとって、敵軍を打ち破る千載一遇のチャンスが訪れたのです。

しかし、エリシャは神の御思いを次のように宣言しました。「打ち殺してはならない。彼らにパンと水を与えて食事をさせなさい。」(22節)「そこで(イスラエルの)王は彼らのために大宴会を催した。彼らは食べて飲んだ後、自分たちの主君のもとに帰って行った。アラムの部隊は二度とイスラエルの地に来なかった。」(23節)

二つの民族間の緊迫した関係に解決をもたらしたのは、「戦い」ではなく「大宴会」だったのです。国家間の緊張関係が高まる今日、約3000年前に預言者エリシャを通して語られた神の言葉は、今も生きています。世界のすべての国民が、主の食卓という一つのテーブルに招かれている現実を覚え、主を賛美します。

 

 

 

 


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